2019年9月30日

アラジンの魔法のランプの願い事は3つ

今日は千年ノートのイベントを行いました。ノートに書くことにより自分の目標がはっきりとしたり、良いイメージを書き込むことで脳を騙すってことなんです。さらに風水的な加工も施すことにより奇跡のノートが完成するってことですね。講義が進む中、講師のまおまお。先生が興味深いことを言っていました。

「アラジンの魔法のランプは願い事が3つしか出来ないですよね」

そんな質問が出ました。

「そうですね。しかし、それを3つしかと考えるか、3つもと考えるのかで違ってきます」

そんなやり取りをされていました。なるほどね。この人はとても賢い人だと思いました。

人間の本質の部分での願い事って3つぐらいあれば事足りるはずです。あれが欲しい、これが欲しいなんてことはお金で全てが解決できそうですし、恋愛だって愛があれば一人で良いだろうし、オリンピックを目指すわけでもなければ一般的な健康があれば良いだろうし…

そう考えると、そんなに多くの願い事って逆に難しかもしれませんね。さてさて、自分だったらどんな願い事をするかな?妄想好きな私としては考えてしまう話題です。

まずは、やっぱりお金かな。たくさんのお金を手に入れて、さらにやりたいことをやっていきたいです。その次はカバラットのことかな。経営がうまくいかなくなったら困りますからね。その次は健康のことでしょうかね。具合が悪くなってしまってはやりたいことが出来ませんからね。

その次は…って、あっという間に3つのお願いが終わってしまったじゃないか!でも、私はこれら3つの願い事も本質的なことだとは思っておりません。お金は必要ですが決してそれが重きものだとは思えません。カバラットだってダメになれば、違った形でまた始めれば良いだけの話。これもまた重きものではありません。健康だって、人はいつか死ぬんです。一日でも長く生きるための努力は必要でしょう。しかし、いつか来る終わりの日を受け入れてさえしまえば、これもまた重きものではありません。

だったら、俺にとっての重きものって何?

それは「俺」です。俺自身が重きもの。俺が俺でいられることが重きこと。自らを偽らざる、自らが良かれと思ったように生きる。そして、それが誰かのため、何かのために役立つものであるならば、より俺自身が重きものとなる。

そう考えれば、自分にとって一番の重きものは自分の存在以外ないと思います。私には二人の息子がいます。彼らの存在はとても大切です。しかし、彼らが私の人生で一番かと言われればそれは違います。一番重きものは私自身です。

私は生き続けなければなりません。最後の最後の日まで一生懸命に。それが私を産んで育ててくれた両親に対する恩返しであるとともに、二人の息子たちへの教育だとも思いますから。私は死ぬまで親であり、親としての教育が続くんです。だから、子どもたちのために私は生き続けなければならない。だから私は私自身を尊重し、私自身を尊敬します。

「アラジンの魔法のランプは願い事が3つ」

そもそも、私が私であり続けるのに魔法のランプの力が必要なのか?そんなもん、自分次第じゃない?って、考えると私の願い事はこうなるでしょう。

「誰か願い事を必要としている人に私の分をあげてください」

でも、これで1つ消化されてしまうんでしょうね。なまら勿体ないわ。やっぱ、1兆円ぐらいもらっておく?(笑)

今日の手相

自己投資線(貢ぎ線)
中指と薬指の間から出る直線または曲線。

●散財の相。入って来たお金を自分の好きなことのために使う。浪費できるだけの金運はある。