2019年9月7日

21:00に思わぬ来訪者

大学時代の友人F君とM君の二人。飲みに行こうとのお誘い。少し早くに店を閉め「香州(かしゅう)」に行きました。ここは私が一番好きな中華料理のお店。競馬放送が流れる、とても庶民的なお店です(笑)その入り口にとある張り紙を発見!

「禁煙席ありません」

なんと、この時代と逆行した強気の姿勢!つまりタバコを吸える店としてアピールしている訳です。普段はタバコOKのお店には極力行かないようにしている私です。しかし、この香州だけは別です。それほど美味しいお店としてお気に入りですので。

店内に入ると「9/18より値上げします」との張り紙が。原材料高騰のためとは書かれていましたが、私の関心はそっちではなく「なぜキリの悪い9/18より値上げなのか?」でした(笑)まっ、はっきり言ってどうでも良い話です。

カニチャーハン、エビチリ、ニンニクの茎炒め、麻婆豆腐、水餃子、春巻き…

ここのカニチャーハンとエビチリは必ず頼みます。いつもは焼き餃子を頼む私です。「元々、中国に焼き餃子はないんだ!」F君の一言で水餃子になりました(笑)はっきり言って、どうでも良いんですけどね。例え、中国に焼き餃子がなかったとしてもここで焼き餃子を頼んではいけなり理由にはなりません。でも、どっちでも良いもんですから水餃子にしました。しかし、初めて香州で水餃子を食べてみた所、なかなかの絶品。美味いじゃん!と好評でした。

それからM君の講義が始まりました。「名古屋大学の教授が言うにはエコカーそのものから排出されるCO2はかなり少量だけど、そのエコカーを作るために大量のCO2を排出しているってさ」

「へぇ~そうなんだ…」以外の言葉がありませんでした。だから?(笑)時々、麻婆豆腐の辛みが口の中に広がります。やっぱり辛口にしなければ良かったかも。そして再びF君が言いました。「俺とMは5年で大学を卒業したけど、こいつはちゃっかりと4年で卒業しやがった」そうなんです。この友人二人は留年しているため大学を5年間通いました。たった2単位のためにね(笑)しかし私は4年で卒業したんです。

「お前が俺の家に入り浸ったせいで俺は留年したんだ」

酔うと必ずF君は言います。「俺が留年したのは60%がお前の責任だ」なぜ故に60%なのか不明ですが彼の計算では半分以上が私の責任であるようです。「だから授業料の60%をお前が払え!」なんとも無茶苦茶なタカリです。ヤクザの方がまだわかりやすいでしょう(笑)

香州が閉店の時間となりました。店を出て今度はF君の家に飲みに行くことに。F君の家は二条市場の裏にあります。歩いて移動。「俺もここら辺に引っ越してこようかな…」断固反対されました(笑)二条市場の付近は意外とお店が多いんですね。少し意外でした。F君の家に着き、二匹のワンちゃんのお出迎え。また飲み始めました。

ここでアニマルリーディングの話になったんです。例えば、ワンちゃんが臨終の間際にとってもとっても苦しんでいたとします。飼い主は苦しんでいるワンちゃんを見ていていたたまれなくなりました。安楽死という選択肢も頭をよぎったが結局は何もせず苦しんだ末にワンちゃんは天へと昇っていった。そのことを飼い主はずっとわだかまりとして残っている。もしかして、安楽死をさせてあげた方が良かったのだろうか?ある種の罪悪感や後悔の念みたいなものがずっと飼い主を苦しめている。そんな人がアニマルリーディングを受けたとします。

聞く内容は「ワンちゃんは臨終の時、安楽死を望んでいたんだろうか?」私はアニマルリーディングは出来ませんけどね。もし、それを鑑定することになった場合、私が行う返答はただひとつ。

「ワンちゃんは最後までみんなと一緒に生きようと頑張ったんですよ。安楽死は求めていませんでした」

誰に何回同じことを聞かれて必ずこう言うことでしょう。もし、アニマルリーディングした結果、ワンちゃんが本当は安楽死を希望していたとしてもですよ。私はそれは告げません。「おたくのワンちゃん、苦しくて苦しくて早く殺してくれって思っていました」それを告げることのどこに正義があるのでしょう。そして、それを告げることで誰が得をするのでしょう。鑑定結果を捻じ曲げた?恐らく賛否両論はあるでしょう。しかし、私は絶対に鑑定結果は捻じ曲げません。

いやいや、だってあなたは安楽死を求めていたワンちゃんは最後まで生きようと頑張っていたって嘘をつくんですよね?

いいえ、私は嘘はつきません。なぜなら、この案件の場合は鑑定しませんから。つまり、鑑定結果などないんです。その質問に対しては鑑定せずに決まり文句を告げますからね。またまたこれに対しても賛否両論があることでしょう。

占いを必要悪という人もいます。勿論、私は占いが「悪」とは思っていませんけどね。しかし、人々に希望を与えられない占いは、ましてや、害になるような占いは「悪」だとも思っています。つまり、占いというものは使い方によっては「善」にも「悪」にもなるってことです。だからこそ、占い師そのものの人間性が問われてくるのです。

「良いことばっかりしか言わない占い師は信用しない」

時々、そういう方が現れます。で、オブラートに包まず結果を告げると大抵凹んで帰っていきます。だから、そういう人にこそ伝え方に配慮が求められるんですね。まっ、これは気心知れた友人でなければ話せないことですけどね。しかもお酒が入った状態で議論することではありませんから。占い師の倫理感

「本当のことを告げることが必ずしも正しいとは限らない」

私はそういうスタンスの占い師です。って、気が付けば最終逃してるし…

9/18より値上げする原因が原材料高騰でなかったとしても、大学を4年で卒業していなかったとしても、エコカーを作る方がエコでなかったとしても、言う必要のないことは言わなくてもいい。「言わない=嘘をつく」ではありませんからね。

残念ながら私はベラベラと言わなくても良いことを言ってしまいます。明らかに余計なことを言って失敗してきた人種と言えるでしょう(泣)しかし、それは自分のことばっか。自分が言ったことで自分が失敗する分には許してもらえるでしょう。

「禁煙席ありません」

自分が思った通りにすればいい。ましてや自らが正しいと思ったことであればなおのこと。だから私は言い続けていきます。

「ワンちゃんは最後までみんなと一緒に生きようと頑張ったんですよ。安楽死は求めていませんでした」