2019年12月24日

「人を外見で判断してはいけない」

とはよく言います。しかし、はたしてそうでしょうかね?私はそうは思っていません。例えばケーキを見て

「ひょっとしたら、このケーキの中身はおにぎりかも知れない…」

なんて思いませんよね。物事の本質を見極めろって意味ではその裏側にも目を向けなければならないでしょう。しかし、見た目がケーキである以上、多くの人から

「それはケーキだ!」

と認識されるのが当たり前だと思います。

「本当の私を理解してくれない」

と例えケーキ自身が嘆いたとしてもそれはケーキ自身に問題があると言えます。なんかケーキ、ケーキって書いていたらケーキ食べたくなってきた(笑)

そもそも、本当の自分って自然と内面からにじみ出てくるものではないでしょか。例えば、私なんて金髪ヒゲ面の風貌ですからね。

「誰も俺のことをサラリーマンだと思ってくれない…」

と私が嘆いたとして、それは受け入れられるでしょうか?そう思ってもらいたいんなら髪を黒くし、きちんとヒゲを剃るべきでしょう。外見が内面を映し出している訳です。私の場合は金髪ヒゲ面にすることにより、逆にこう自己主張しているんです。

「サラリーマンは無理!」(笑)

で、これと同じことが文章にも当てはまるんです。

「文章が内面の自分を映し出す鏡」

これを私は実感しています。気に食わないなと思っていることをネタにして書いた場合、自然とそれが文章に現れてしまうんですよね。本人的にはかなり言葉を選んでいるつもりなんですけど。しかし、過激になり過ぎて書き直しってことが多々あります。さらに、そんなことを繰り返していると感覚が徐々にマヒしてくるんです。

「これぐらいなら良いかな?」

そして、結構きつい表現で書いてしまうと。外見的な自分や表面上の文章も、人が外に出しているものって、その人の内から出ているってことですね。